【しゃかじぃの説法】うどんの歴史 皆んなご存知かな?

うどん うどんの歴史
うどん

うどん今昔物語

うどんとは?

しゃかじぃ
しゃかじぃ

しゃかじぃは小さい頃から「うどん」が好きで、よく食べていたんじゃ

子供の頃、近所のうどん屋のうどんは食べずに、住んでいたところから比較的近い小松市にある小松うどんとして知られる「中佐うどん」しか食べなかったようです。

仲佐うどん

中佐うどん

引用:http://www.nakasa.jp/

写真はイメージでしゃかじぃが食べたのはこんなに高級じゃなかったかと思われ? 笑

 

わがままかも知れませんが、それほど子供の舌を喜ばせる「うどん」であったことは間違いありません。

後ほど代表的なうどんでも紹介していますが、加賀前田藩御用達の品で、かの有名な俳聖「松尾芭蕉」もその美味しさを絶賛したといわれています。

また、能登に移り住んだ時、隣のおばさんが「うどん」は生麺に醤油をぶっかけて食べるのが一番美味しいと言っていたことを思い出します。

小さい頃近くにいた方でとても金持ちだったんですが、毎日醤油掛けごはんだけ食べていると聞いて驚いたとともに、栄養失調にならないかといらぬ心配までしましたが、いつも顔艶もよく元気そうでした。

醤油は発酵食品で優れた調味料ですが、そこまで栄養素を兼ね備えているのかなと子供心に不思議に思ったものです。

関西にいるいろんな方々からよく「きつねうどん」の話を聞きました。

きつねうどんの発祥は大阪で、船場にある1893年(明治26年)創業の「うさみ亭マツバヤ」とされています。

うさみ亭マツバヤ

うさみ亭マツバヤ

うさみ亭マツバヤ

うさみ亭マツバヤのきつねうどん

私が知っている関西出身の著名な大学教授が書かれた「けつねうろん」という興味深い本を目にしたことがあります。

それほど関西人とくに大阪人は「きつねうどん」のことが気に入っているようである。

住むところにより、いろんな食べ方があるということを実感していた「うどん」について是非調べてみたいと思ったのが本記事作成のきっかけです。

うどんの定義

「うどん」のルーツについて述べる前に、先ず現在食されているうどんとは何かについて話していきましょう。

「うどん」は、小麦粉を練って長く切った、ある程度の幅と太さを持つ麺、またはその料理のことです。

饂飩とも書きます。

細いものは一般消費者に誤認されないため「冷麦」「素麺」という名称で分けて呼ぶことが一般的です。

乾麺については太さによる規定がある以外は厳密な規定はなく、細い麺でも「稲庭うどん」「氷見うどん」「豊前うどん」「五島うどん」などとうどんの名称が付く例も存在します。

厚みの薄い麺も基準を満たせば、乾麺については「きしめん、ひもかわ」と称してよいという規定があります。

これらもうどんの一種に含まれます。

日本でうどんはどのように食されてきたか

日本では昔から手軽な庶民食、米食の代用食として、また祝い事に際して振る舞われる「ハレ」の食べ物として全国で食べられて来ました。
地域により、製造方法、調理方法や具材が異なっています。

全国の代表的なうどんの特徴と地域性

さぬきうどん

香川県(旧讃岐国)特産のうどんで、その起源は弘法大師(空海)が唐からうどん作りに適した小麦と製麺技術を伝えたという伝説があります。

讃岐うどん

讃岐うどん

その他、遣隋使、遣唐使によりそれ以前に伝えられたとの説もあります。

全国的に最もよく知られたうどんのひとつで、秋田県の稲庭うどん、群馬県の水沢うどんとともに日本三大うどんのひとつに数えられています。

さぬきうどんの食べ方には「かけうどん」「ざるうどん」「ぶっかけうどん」「釜揚げうどん」「釜玉うどん」「生醤油うどん」などいろいろあります。

稲庭うどん

秋田県南部で伝統的な手延べ製法で作られている干しうどんです。

稲庭うどん

稲庭うどん

製法としては、うどんというより、素麺に近い。

作り方が素麺に似ていることから、三輪素麺の技術が北前船で伝えられたという説もあります。

温麺とひやし麺で食べる。ざるうどんは絶品です。

水沢うどん

群馬県伊香保地方の名物うどんです。

水沢うどん

水沢うどん

上州産の小麦と水沢山から湧き出た名水で作った手打ちうどんが水沢うどんの起源と言われています。

一般的には冷たいざるうどんで供されることが多く、つけ汁は主に醤油だれとゴマだれが用いられています。

氷見うどん

江戸時代中期に、富山県氷見市にあるうどん店、高岡屋の創業者「高岡屋弥三右衛門(やざえもん)」が能登の輪島そうめんの製造技術を取り入れ、氷見で手延べうどんを作ったのが「氷見うどん」の始まりと言われています。

油を使わないのが氷見うどんの特徴で、これにより強いコシとつや、のど越しの良さが生まれます。

氷見うどん

氷見うどん

糸うどんともいわれ、加賀藩前田候の御用達うどんとして献上されていました。

ひやしうどんは最高です。

小松うどん

小松うどんは江戸時代に加賀藩に納められ、加賀藩御用達品として将軍家や諸大名に贈られてきました。

小松うどん

小松うどん

俳聖・松尾芭蕉も贈られた小松うどんを食べ、美味しさを称賛したと言われています。

小麦粉は小松産の地粉を中心に用い、霊峰白山の清冽な伏流水が小松うどんの麺につやとコシを与えています。

だし汁にはイワシやアジ、サバの旨味を十分に抽出したものを用います。

ゆでる際は、生麺の重量の8倍もの水を使い、沸騰を保ちながらゆでて、氷水で締めます。

味噌煮込みうどん

味噌煮込みうどんは愛知県三河地方の郷土料理のひとつで、名古屋の食文化を表す「名古屋めし」の代表的な料理です。

味噌煮込みうどん

味噌煮込みうどん

米味噌でなく、豆味噌を使用するのは、この愛知県の味噌煮込みうどんだけといっていいようです。

味噌には赤味噌を使用していますが、赤味噌は長く煮込んでも風味が損なわれない特徴があります。

煮込み用の土鍋には冷めにくい信楽焼を使用し、具材は鶏肉、卵、しいたけ、ねぎなどを入れます。

きしめん

きしめんは薄く平たい麺を用いた名古屋名物のうどん料理です。

きしめん

きしめん

江戸時代初期に三河国芋川(現在の愛知県刈谷市)で食べられていた麺料理がきしめんの起源といわれています。

名古屋きしめんと表示するには、乾麺で幅5~7.5mm、厚さ1.5mm未満とされています。

きしめんはゆでた麺に熱いつゆをかけ、油揚げや鶏肉の具を入れ、ねぎやかつお節をのせるのが一般的な食べ方ですが、その他カレーきしめん、味噌煮込みきしめん、ざるきしめん、力きしめん、冷やしきしめんなどさまざまな調理法があります。

伊勢うどん

三重県伊勢市を中心に食べられているうどんです。

伊勢うどん

伊勢うどん

伊勢うどんは一般的に美味しいといわれている「麺につやとコシのあるうどん」ではなく、うどん極太麺を1時間近くゆでて、コシが全くなくなるまでやわらかく仕上げます。

伊勢参りの長旅で疲れた人々の体にはやわらかい、消化もよいうどんが適していたようです。

たまり醤油にかつお節やいりこ、昆布などのだしを加えた濃厚なタレを作り、これにうどんを絡め、薬味の青ねぎとともに食べます。

かすうどん

大阪の南部、河内地方で食べられて来たうどんです。

かすうどん

かすうどん

牛の小腸を細切れにして脂が抜けるまでじっくり素揚げした「油かす」を関西風のだしの効いたあっさり味のうどんにトッピングして食べます。

高タンパク、低脂肪でコラーゲンたっぷりの食材です。

倉敷ぶっかけうどん

江戸時代から倉敷の郷土料理として食べられていたようです。

倉敷_ぶっかけうどん

倉敷ぶっかけうどん

ゆでたうどんに多彩な具材と薬味をのせ、上から少なめのだし汁をかけたもので、麺も汁も温かいものと冷たいものがあります。

薬味は温かいものにはしょうが、冷たいものにはわさびが一般的です。

博多うどん

今から約700年前の鎌倉時代後期に、聖一国師(しょういちこくし)という僧侶が、宋から博多に持ち帰ったのが「博多うどん」の起源といわれています。

博多うどん

博多うどん✦丸天・ごぼ天入り

博多の承天寺にその記念碑があります。

博多うどんの麺は太目でやわらか、九州産の小麦粉はグルテンが少なめで、さぬきうどんのように強いコシはありませんが、やわらかな弾力を持っていてもちもちした食感が特徴です。

つゆは昆布をベースに、煮干し、さば節、かつお節、アゴ(トビウオ)などでだしをとり、薄口醤油を加えて仕上げます。

さつま揚げ(丸天)をのせ、刻んだねぎをたっぷり入れた「丸天うどん」、「ごぼう天うどん」が人気です。

その他、トッピングには博多ならではの辛子明太子、海老天、お揚げ、わかめなどがあります。

五島うどん

五島列島のうどんで、鎌倉時代中期の蒙古襲来の際、帰国できなくなった元の兵士からうどんの打ち方を伝えられたのが起源とされています。

五島うどん

五島うどん

食べ方は釜揚げが一般的です。

麺はその細さに似合わずコシがしっかりしていて、五島名産のアゴ(トビウオ)と醤油で作ったタレで食べます。

「かけうどん」や冷水で締める「もりうどん」が定番となっています。


他にも、大分県佐伯市で古くから食べられている「ごまだしうどん」

ごまだしうどん

ごまだしうどん

群馬県館林地方の「館林うどん」

舘林”花山うどん”の「鬼ひも川」

舘林”花山うどん”の「鬼ひも川」

引用:https://ippin.gnavi.co.jp/article-9831/

埼玉県加須市のコシが強く、のど越しが良い加須うどん

加須うどん


加須うどん
引用:https://ippin.gnavi.co.jp/article-3374/

山梨県で武田信玄がや野戦食として用いていたといわれる「ほうとう」など

ほうとう

ほうとう

郷土色豊かなさまざまな種類の「うどん」があります。

うどんは日本を代表するファーストフード

うどんはお腹が空いて、ゆっくり食事がとれない時にすごく便利な食べ物です。

安いし、早く調理でき、美味しいうどんは日本を代表するファーストフードと言って過言ではないと思います。

讃岐うどんで有名な香川県は小麦、塩、イリコ、醤油とうどん作りに適した4つの要素がそろっています。

小麦栽培に最適の気候、環境に加え、塩づくりも盛んで、上質なイリコがとれる伊吹島や醤油で有名な小豆島もあります。

うどんの起源

これまで述べて来ましたが、手軽な食べ物で、米食の代わりになる「うどん」は昔から日本全国各地で食べられて来ました。

しゃかじぃ
しゃかじぃ

いつ頃から食べられているのか皆さんご存知かな❣

うどんの発祥は色んな説があって定かではないようじゃが

古い時代から見ることにしよう。

奈良時代に遣唐使により中国から渡来したとする説

奈良時代に遣唐使によって中国から渡来した小麦粉の餡入り団子菓子「混飩」(こんとん)に起源があるとする説。

ワンタンに相当する中国語は餛飩(こんとん)と書き、これが「餫飩」(ウントン、コントン)とも書くことから、同じ読み方の温飩(ウントン)の表記となり、これが饂飩(ウドン)となったという説。

平安時代に空海が唐から饂飩を四国に伝えたとの説

平安時代に空海が唐から饂飩を四国に伝えて讃岐うどんが誕生したという説。

うどん発祥は奈良とする説

平安時代の989年、一条天皇が春日大社に詣でた時に「餺飥(はくたく)」を食べたという小右記の記述から発祥は奈良とする説。(はくたく:名古屋のきしめんよりさらに太い平打ちの麺)

餺飥(はくたく)

餺飥(はくたく)

餺飥(はくたく)

うどんの元祖✦餺飥(はくたく)

引用:https://www.narasaho-c.ac.jp/news/mso9ur000001bk3l.html

円爾(聖一国師)が中国(宋)から製粉技術を伝えたとする説

仁治2年(1241年)に中国から帰国した円爾(聖一国師)が製粉の技術を持ち帰り、「饂飩・蕎麦・饅頭」などの粉物食文化を広めたとする説。福岡市の承天寺の境内には「饂飩蕎麦発祥之地」と記された石碑がある。

中国から渡来した切り麦が日本で独自に進化したとする説

中国から渡来した切り麦が日本で独自に進化したものとする説。

奥村彪生によると麺を加熱してつけ汁で食するものは中国にはなく、日本の平安時代の文献にあるコントンは肉の餡を小麦の皮で包んだもので、うどんとは別物であり、うどんを表現する表記の文献が初めて出たのは南北朝時代の「ウトム」であるとする説。

うどんの起源は完全には解明されていない

いずれにしても、うどんの起源がまだ完全に分かったわけではない。

南北朝時代末期の庭訓往来や節用集などに「饂飩」「うとん」の語が現れています。

江戸時代には「うどん」と「うんどん」の語が並存し、浮世絵に描かれた看板などに「うんとん」と書いてあることがよくあり、明治初期の辞書の「言海」では「うどん」は「うんどん」の略と記されています。

いずれにしても、現代の形の「うどん」は、江戸時代前期には全国的に普及して広く食べられるようになっていたようです。

日本では歴史的には蕎麦(蕎麦切り)よりうどんの方が古いようです。

また、小麦の原産地は中央アジアから西アジアとされていて、米作に向かない地域で耕作され発展しました。

小麦からパンが出来、もうひとつの食べ物として麺が作られました。

シルクロードを通じて西欧に伝わったものはスパゲッティに日本に伝わったものはうどんになったのではないかと考えられていて、麺文化の進化は本当に興味深いですね。

 

引用:

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93

https://www.tablemark.co.jp/udon/udon-univ/lecture05/index.html

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