いつまでも健康で長生きし幸せに暮らしたい。
サラリーマン卒業

サラリーマン卒業して思う事。
サラリーマン仕事を卒業して、代々木公園近くの道を歩きながら外界を捉える感覚の変化に驚いた。
周囲にこれほど目を振り向けたことがあっただろうか。
木々、花々など自然が創り出す造形美にこれほど心奪われることはなかった。

Things to think in the rose garden.
近くを通るサラリーマンの表情は固い。
下を見てうつむき加減にひたすら職場を目指す。
私もこれまできっと同じ毎日を繰り返してきたことを思い起こした。

Red Rose♪
今日の仕事はどうなるだろうか。
昨日のことを思い返したり、仕事が頭から離れず、とにかく精神の休まる暇がない。
周りの自然の風物などに触れ合う余裕など無いに等しい。
代々木公園の緑を早朝から犬を連れて楽しんでいる人もいる。
太極拳をやっている集団も見かける。
違う世界
どうしてこんなにも世界が違うんだろう。
自分の来し方を思い出しながら日々の暮らし方の違いに驚いてしまう。
これまで早朝散歩をしても周りを楽しむゆとりはなかった。
ジョギングをしている人もよく見かけたが、自分も含めて体を鍛えたり、健康のためにと考えてやっている人が多いのではないだろうか。
笑ってしまうのだが、散歩していて追い抜かれると、追い抜こうとして早足で歩く、相手も更に追い抜こうとスピードを上げる。
まるで競歩ではないかと吹き出してしまう。
人間の競争心、闘争本能は朝の散歩でも推し量ることが出来る。
何のために働くのか
いつから人間は楽しむことを忘れてしまったのだろう。
生活のために働き、体の健康の維持に努めようと、たえず生活のために振り回されている。
生活という言葉に反して活き活きとは生きていない自分に気づいてしまう。
お金
生活するには先立つものが必要だ。
そうだお金を稼がないといけない。
頭がお金、お金でいっぱいになる。
全ての行為がお金に換算される。
ジョージ秋山の描いた「銭ゲバ」そのものではないか。
お金のために盗み、殺人も多くみられる世の中だ。
昼は昼で仕事に追われ、夜は気持ちをリラックスさせるとか言って夜の巷に繰り出す。
夜の客商売のお店の人も、言いたくもないお世辞を言いながら客の相手をする。
これも全てお金のためだ。
会社で辛い仕事をしてきたサラリーマンにとってひと時の天国かもしれない。
中には我を忘れて傍若無人に振る舞う人もいる。
お金さえあれば何でも出来ると考える人が増えすぎたのではないだろうか。
今と昔
街を歩く人達はとてもファッショナブルだ。
昔は青っ洟をたらしたり、赤いほっぺをしている人、汚い服を着ている人が多くみられたが、今は昔の語り草になっている。
都会に憧れ、東京に出てきた人、昔からの江戸っ子、粋さ加減は違うかもしれないが、いずれも当節の格好良さを競っていることは間違いない。
はやりに遅れをとってはいけないとばかりにファッション雑誌や関連の宣伝に飛びつく。
人の競争心、人よりも綺麗に見られたいという欲望は今も昔も変わりないのだろう。
ファッション
入れ墨を最高のファッションだと考えている人も沢山いる。
ひと昔前では想像できないことだ。
昔は堅気の人間がやってはいけないことのひとつとして固く守られていたことである。
昔はばくち打ちなどをやるヤクザしかやらないことと信じている人がほとんどであった。
タレント
今はタレント全盛時代だ。
私達の小さい頃は「芸人になることは不良になる」ことと定義されていた。
「思えば遠くに来たもんだ」という歌の文句があるが、今では親がむしろ子供をタレントに仕立てることが凄いことのように思われる時代となった。
これも全てお金がらみだ。
お金を大量に手っ取り早く稼げる職業だとの認識が定着しつつある。
価値観の変化
価値観が変わった。
生活観のパラダイムシフトだと書き立てているが、本当に芸人を職業として高く評価しているかどうかは怪しい。
お金を稼げる仕事としてうらやましく思いながら職業としては低くみている人が多いと思う。
福沢諭吉
福沢諭吉さんが聞いたら嘆くことでしょう。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」とは人間が全て平等であり、貧富、家柄、職業、社会的身分によっって差別されてはいけないという名言と思いますが、いまだに昔からの風習、偏見から脱出できない人が多いのではないでしょうか。

福沢諭吉さん
年老いてみにくくなるとお払い箱
皆んな、お金稼ぎという大きな渦に巻き込まれ、小さな渦の中でもがいている。
健康で綺麗で若いうちはちやほやするが、年老いてみにくくなると途端にお払い箱だ。
病気になったりすると、それこそ大変、すぐに生活が成り立ちゆかなくなる。
働きたい高齢者が多数いる
年齢の壁(70歳)
70歳、80歳になっても仕事をする気力のある人は多いだろう。
しかし、年齢の壁があり70歳になると途端に働き口がなくなる。
政府は70歳以上でも元気なうちは働こうと格好いいスローガンを唱えているが、現実は厳しく働き口は限られてくる。
体も頭脳も十分現役として通用するけれども、今の世の中が定義する現役世代は70歳までのようだ。
このようにまともに働こうと考えている老齢者を受け入れる受け皿のパラダイムシフトは全然手付かずのままである。
今は、退職金をもらってもそれまでの家のローンの支払いなどで、経済的にゆとりがある人は少ないのではないだろうか。
年金だけでは苦しい
年金だけでは苦しいから70歳、80歳でも働こうとする人は多い。
働き口も少ない中で結構体に負担のかかる低賃金の職に就かざるを得なくなる。
70歳、80歳でも仕事しなければ生活が成り立たない世の中って尋常でないと思う。
隠居生活などは今は昔の語り草である。
音楽や芸術、宗教に人の気持ちを癒したり、安らかにする力はあるのだろうか。
しかし、これらの領域で仕事をする人達の心もお金にしばられている。
主人が亡くなったから永代供養をしたいとお寺に申し出ても一定の金額を支払わなければ断られる世の中です。
このような姿を目の当たりにして宗教って何だろうかなと思うのは私だけだろうか。
宗教って仕事なんだろうか。
深い疑問を覚えます。

Sansho flower♪
ゆったりした人生
空ゆくトンビのように世の中の喧騒を俯瞰するようなゆったりした人生があるのだろうか。
頭のいい人、頭の悪い人、金持ちの人、貧乏な人、障害のある人、障害のない人
真面目な人、不真面目な人、ダメな人、ヨイ人、美しい人、そうでない人
格好いい人、格好悪い人などなど、全てが対立軸で動くのか。
何か少しでも向上しようとして、いつも気持ちが急き立てられ、追い詰められて、ゆったりした気分になれない人がかなりいるのでは。
あらゆる心の呪縛から解き放たれて自然の中に溶け込んでゆったり生きていけるような暮らしは可能なのだろうか。

バラ園でいろいろ考えるしゃかG
自然とは
いつ牙をむくか分からない
自然とは綺麗でやさしい存在とは限らない。
いつ何時人間に対して牙をむくか分からない。
自然に抗わないと生きられないのが人間の宿命だが、地震、台風、豪雨、豪雪など人間存在を脅かす力にはなすすべなしというのが実態である。
たまたまその地域に住んでいたということでその人の運命は大きく変わってしまう。
幸せいっぱいと喜んで暮らしていた人も一夜明けると命を失ったり、全ての財産を失ったりするのが世の常である。
この世は無常
無常という言葉はまさしく当を得ている。
世の中で一定のものはなく刻々と姿を変えている。
人間だって昨日の自分と今日の自分は違う。
体を構成する細胞、組織は常に変化している。
今、目の前にある幸せと感じることも一瞬にして消え去るかもしれない。
今、この瞬間を大切に
今この瞬間を大切にしなければ、次の瞬間には違ったものになる可能性が高い。

Yellow rose♪
人間だから感じることが出来る大切さがある
最近とみに他人を思いやる心はとても大切だと感じるようになった。
人間だから感じることが出来る大切さがあるように思う。
人間を除く動物は普通自分自身の生命を守ることに精一杯、懸命だから自分が生き残るために手段を選ばざるを得ないことが多いと思う。
人間も動物のひとつだから生活する上で生存することが前提となる。
しかし、生存することに加え人間だから感じたり、他人と喜びを分かち合うことがあるのではないだろうか。
第二次世界大戦後まもない頃は日本の多くの人々は食べるものもなく飢えていた。
このような状況下でも一部の富裕層や生産農家は食べ物にありつくことが出来た。
そのような人から貴重な話を伺った。

Pink rose♪
他人を思いやる心
子供の頃、自分のために親が作ってくれたお握りであっても腹を空かせて欲しそうな顔をしている人の姿を見ると分けてあげないわけにはいかないと感じていつも分け与えて、自分もいつも腹を空かせていたと話してくれました。
今世の中全体がお金、お金、自分の生活が豊かになりさえすればいいという風潮が支配的になってきていますが、本来人間が持っているやさしさ、他人を思いやる心だけは失いたくないと思う。
お金と名誉心だけで生きる人生とはおさらば
お金と名誉心だけで生きる人生とはおさらばしてこれからの人生を楽しみたい。

自然の偶然♡
コメント